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なぜ私たちはかくも桜の花を好むのだろう。 こう問えば、人は、待ってましたとばかりいくつもの理由を説く。周囲も、そうだね、とうなずき合いながら、みなそれぞれに桜の花を、それから、それを見ていた自分を、思い浮かべる。 さまざまの事思い出す桜かな 芭蕉 墨水、すなわち隅田川河畔のこの桜は、今が盛りである。細い枝は精一杯に花をつけ、折れてしまったらしい太い枝も、脇枝をぐっと下に伸ばして、競うように花を咲かせている。 春雷が聞こえてきそうな空模様の下、遥かな川面に帆かけ舟が浮かぶ。一帯は葦原で、遠い人家の影がひときわ寂しい。そんな暗い情景を背に、花は左上から右下に輝きながら流れてゆく。 鮮烈、というべきか。花は数の勝負ではないのだ。 もちろん、桜は好きじゃない、という人もいるにちがいない。それもわかるような気がする。だいたい、桜の下にいるのはろくなものではない。妖怪とか、死体とか、酔っ払いとか。 それに、ナントカ精神、みたいなものの宣伝普及のために、さんざん利用されてきた。汚染されてきた。手垢のかたまりになっている。 私も、そういう桜は好きではない。 敗戦の翌年、ようやく帰国した復員兵が二人、港からの坂を上ってきた。道端の桜の木の前で、ふと立ち止まる。ひとりが呟くようにいった。 「おい、夢のようだな」 「ああ、夢のようだ」 二人は、しばしの間、黙って満開の桜を見上げている。 誰の回想だったか失念してしまったが、私は、このエピソードの桜が、見たこともないこの桜が、いちばん好きである。 by フジグリーン・メグ スリノキネット
by kimagure-art
| 2009-04-06 22:31
| 日本の絵
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